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常に全力で生きている

関西某有名私立大学3回生文系女子の備忘録

初めて被災者側に立って思ったこと

熊本大地震について書くと個人が特定される恐れも

あると思ったんですが、自分の感じたことを残す日記に

したいと思ったので敢えて書きます。

 

今は関西の実家に帰ってきてますが、地震発生当時は

わたしの寮は熊本の震源地から程近かったため、

人生で初めて大きな「揺れ」を体感しました。

 

日本は地震大国なので地震に関して怖いと感じたことは今まで

なかったんですけど、(阪神淡路大震災は生まれる前の出来事で

東北大地震も傍観者でしかなかった)

 

15日の午前1時半ごろに起きた本震(現段階で)を

わたしは今後 忘れることはないと思います。

 

わたしは発生当時は起きていて寮生と楽しくお喋りしていました。

それ以前も揺れはあったんですが、学校生活に影響する程ではなく

この時も普通に土日を過ごして月曜日の授業を受けるんだ、と

思っていました。

 

最初は緊急アラームが大きく鳴って、体が反応しなかったけど誰かが

「テーブルの下に!」と言ったのを聞いて慌ててテーブルの下に避難しました。

 

地面が大きく揺れて、悲鳴があがって、なにかが落ちる音や

壊れる音がしました。多分、その間は数十秒だったと思うんですけど

すごく長く揺れていた気がしました。

 

ぐわんぐわん、って効果音が1番 合っているような気がする。

長い揺れが終わったあと、テーブルを出ると寝ていた子たちも

みんな広場に集まってきてて不安そうな顔をしていました。

 

誰かが点けたテレビでさっきの地震が大きいことを知り、

30分後に学校のグランドに集まることが決定しました。

 

そのために部屋に1度 戻って、上着を持ってこようと思ったんですけど

部屋の中は色々なものが倒れていて「あ、地震や」と思いました。

人間、動揺すると奇想天外な行動をするようですぐに集合しなきゃいけないのに

トイレの床が汚いのが気になってギリギリまで掃除してました。

 

学校のグランドには朝方までずっと避難していました。

みんないつまで外で待機しなければいけないのか?という

イライラと不安で口数が少なかったです。

 

わたしはその間、関西にいるお母さんにLINEで報告してたんですけど

夜中で気づかなかったようでLINEの返信は朝7時ごろに返ってきました。

 

待機している間、何回か緊急アラームが鳴ったり(みんなの携帯が一斉に

鳴りだすので この音が1番 怖かったりします)余震があったりして

まだ寒い夜の暗闇で「訓練じゃない避難て初めてやな」と思いました。

 

結局、部屋に帰れた後も余震がずっとあったので寝れることはなく

お母さんのLINEが返ってくるまでずっと起きていました。

 

朝の9時くらいに朝食を食べて、関ジャニクロニクル見てホっとすると

眠気が出てきて昼の13時くらいまで寝ました。

 

13時、友達からの電話で目が覚めます。

震源地、こっち向かってきてるって!関西、戻ろう」

 

正直、最初は帰る気はなかったんですけど、

広場に行って、家族と連絡を取り合ったり、飛行機のチケットを

とったりするみんなの姿を見て、ようやく焦り出しました。

 

「シャワー浴びてる間に地震が来たら怖いから入れない」と

みんなシャワーに入れていないみたいでした。

(わたしは昨日の本震前にお風呂に行ってた)

 

そして、友達のおかげもあり関西に船で帰れることとなり

急きょ 帰り支度を始めました。

 

衣類とかは諦めて、取り敢えず水と食料と課題とPCをリュックに

詰めて部屋にある倒れそうなものは全て床に倒して置いたり、

ベットの上にのせました。冷蔵庫にあった食べ物は寮に残ることを

決めた人に全てあげてきました。

 

留学生も多い寮で、中には国に帰れる子もいたけど

飛行機がなくて帰れなくて不安で泣いている子がいて

すごい可哀想やけど何もしてあげれへんくて心臓がぎゅっとしました。

 

それでも、わたしたちの住んでいる地域はマシらしくて

もっと震源地に近い場所に実家がある人や下宿している人たちはもっと

被害を受けていたようでした。怪我人も多かったようです。

現在も市役所で避難生活を続けています。

 

船に乗る前に、ご飯を食べようってなって某有名飲食チェーンで

遅い昼ごはんを食べたんですけど震災の影響でメニュー数が少なくて

でも、こんな状況でも働いている人がいることに驚きました。

 

街を歩いていると、車屋さんで車の契約っぽいことしてる人もいて

「いや、絶対このタイミングおかしない?!」と思いましたが、

あの人たちは買った車でどこか逃げるのかもしれないですね(適当)

 

あんなに大きな地震があったのに、意外と普通に「日常」があるのに

驚きがありました。

 

メディアを通じて被災地を見ると、みんなが避難所にいて

どこにも行けなくてご飯なくてって...って感じやと思ったけど

(もちろん、そういう人たちもいらっしゃるのだろうけど)

一方では変わらずに働く人たちがいることに違和感を覚えました。

 

わたし自身も「帰ろう」と決めたその日に関西に帰れるのって

すごいことだと思います、協力してくれた友達や先輩のおかげではあるけど。

 

心のどこかで、どこにも行けないって

思ってたから。

 

船の中はたくさんの避難者で溢れていて、1番安い

大人数でざこ寝する部屋で夜を過ごしました。

 

なかなか寝ることができなくて、Facebookで友達の安否を

確認したりLINEの返信をしたり友達と話をしていました。

 

まだ、寮に入って3週間しか経ってないのに、こんなに早く

帰ることになるとはね、と。

 

その日はお風呂も歯磨きも出来なくてすごく

気持ち悪かったです。

 

家に着いたのは10時ごろ。

今まではずっと寝ていたり地震情報を見てたりして

ふとブログを更新したいなと思いました。

 

疲れました。

余震が多くあったので、ずっと酔っているような

感じが残っています。

 

でも、まだ現地に残っている人がいて。

その人たちは戦い続けているんだな、と。

 

3.11のとき全てのテレビがACのCMに変わり地震情報ばかりで

バラエティめっちゃ見たいのに、とかクソな中学生だったわたしは

思ってたわけですが、

 

今ほどニュースで現地のことを知りたいと思うことは

ないです。

 

そして、1番 思うのは被災してない地域としている地域との温度差。

 

わたしもそうだったから分かるけど、全然 危機感がなくて

笑えます。家族とか。

 

お風呂とか歯磨きとか水がないせいで出来てないの本当に

辛いだろうな、と。

ご飯も満足に食べれてないやろうし。

 

早く地震がおさまることを祈ってます。

というか、学校の休講が続くと補講が多くなるから

すぐにでも授業を受けたい。課題は全然やってないけど。

 

わたしは明日から前の大学に行ってそこで課題したり

友達に会ったりしたいなと思ってます。

あと、こんなときやけどこんなときだからこそ

髪の毛を染めたいな、と笑

 

向こうは田舎で美容院とかないんで、この機会に

縮毛矯正とか全部やっとこうと思います。

 

でも、慌ててかえってきたしコンタクトもメイク道具も

ないんやけどね。

 

てか、地震のせいで日曜日のデートもなくなったし笑

そのために色々と買ったんほんま返せ( ・´ー・`)